月例礼拝を行いました。

5月8日(金)親鸞聖人御命日の月例礼拝を行いました。

今年度2度目の月例礼拝です。アリーナには全校生徒が入場し、聖歌隊の美しい歌声と生徒たちの斉唱が響きました。


法句経の朗読の先唱は、3年2組の委員長、川尻 華蓮(かわじり かれん)さんです。しっかりと丁寧にできました。

本日の法話は浄土真宗本願寺派 浄源寺(伊丹市)利國 敦之(としくに あつし)先生です。
法句経の朗読にある「よきおこないをして よりよく生きていく」について、その出発点となる仏教の教えをお話くださいました。

まずは、「自分のものの見方、自分のものさしに目を向けていく」ということについて、先輩の話を例として教えてくださいました。
その先輩は何年も前に結婚して、妻が赤ちゃんを身ごもった時に、「僕の世界に妊婦さんが増えた」とおっしゃったそうです。それまで独身だった時、視界の中に妊婦さんは見えていたけれど見えていなかった。自分の妻が妊婦さんになった途端、自分の見ている世界にこんなに妊婦さんがいることに気づいたということです。
また、あるお寺の和尚さんとこどもたちのあめ玉のエピソードから、“つかんで放さなかったら何も手に入らないけれど、手放したらもらえることだってある”という仏教の教えについてお話くださいました。
「仏教の教えとは、つかんでいくものではなく手放していくものです。日常の生活の中で、つかんで放さない、私たちのものの見方、私たちのものさし。知らず知らずのうちに自分のものさしの範囲内のものは見えるけれど、その外にあるものは見えない。一度そのものさしを手放すと、いろんなものが見えてくることがある。そのことに気づいていく。
そして、浄土真宗のみ教えは、阿弥陀さまという仏様のお心を大切に聞かせていただくみ教えです。阿弥陀さまは立ち上がっていらっしゃる。それは、いつでもどこでも立ち上がって、みんなの所に出向いておりますよ、いつでもどこでもみんなとともにありますよというこの仏さまのお心を表わしています。そして、毎日を支えてくださっているのです。見守ってくださっているのです。」と教えてくださいました。

最後に、
「私たちの見えている光景の中では、たくさんの方々の支えが、たくさんの方々のはたらきが満ち満ちていると仏教では教えてくれています。でも、私たちはなかなかそのことに気づくことができません。それは、知らず知らずのうちに、自分だけのものさしで見ているからです。仏教ではその自分だけのものさしを一旦手放してくださいと教えてくれる。その自分のものさしを手放したときに、今まで気づけていなかったことに気づいて、今まで見えていたけれど見えていなかったことが、また改めて見えていけるんですよと教えてくれています。
それが、『よきおこないをして、よりよく生きていく』ことの出発点となるのだと聞かせていただいています」と語りかけられました。

自分だけのものさしにとらわれることなく、見えていなかったものに気づけるよう、一日一日を大切に過ごしていきましょう。